院長ブログ
Vol.63 PMS(月経前症候群)になるのは何故?その治療とは?
2023年09月11日
はじめに
月経前後の頭痛、抑鬱、イライラ、便秘、下痢と身心に諸症状をPMSと言いますが、「その原因はホルモンの作用であり、そもそも月経があるから不調になるのだ」として産婦人科を受診すると、頭痛には鎮痛薬、抑鬱、イライラなどの精神症状には向精神薬、便秘に便秘薬、下痢には止痢薬、そしてどうにもならなければ、月経を止めてしまう、ないしはピルで制御してしまおう、と少々乱暴な治療とは言えないような対処療法が並びます。
伝統医学から見た月経サイクル
さて、この本人にとって不都合なPMSを伝統医学的な視点から眺めたらどうなるでしょうか。
(高温期)
下図をご覧下さい。女性の体は月経サイクルに合わせて図のように高温期になると0.3〜0.4℃体温を上昇させて子宮に血液を集めて受精卵を受け入れる態勢を整えます。例えば、気合いを入れて頭に血を廻らせたいと思ったらどうしますか?息を詰めて「フンッ」と腹に力を入れて頭に血を集めますよね。女性の体も子宮に血を集める為に消化力を上げて(結果的に食欲が増します)、腸の圧力を上げて(便秘気味に)気血の圧力を上昇させていきます。同時にそれにはエネルギーを要するので体温を0.4℃も上昇させて蒸気機関車の如く体内を廻る気血の圧力を上げます。
(低温期)
受精卵が着床しないとき、女性の体はお片付けに入ります。体は高温期にしいていた燃焼態勢を解くので体温は平常に戻ります。また、使わなくなったもの、つまり高温期の「妊娠準備期には必要だったけれども、妊娠が成立しなければ不要になるもの」を体外に排出するため、子宮から出血して月経となります。また、月経時に下痢に傾くのは、高温期に体温を上げて子宮を支援していた時に子宮の外で使った不要な物を体外に放出するために必要な変化なのですね。それゆえ、月経時に下痢になるのは病気なのでは無く、むしろ生理的な正しい反応なのです。
(月経を続ける為の体が水面下で行っている努力)
高温期、低温期の体の動きについて説明をしましたが、高温期には体温を0.4℃上げて子宮に血を集めるだけの余分な体力を、月経開始後の低温期には、後始末をするのと、出血した分の血液や消耗した組織補充のために余分な体力を必要とします。つまり、月経の前後には、普段より(日常生活を普通に過ごすより)多くの体力を必要とする訳ですね。それゆえ、日頃から余力のない生活を送って居る場合、月経前後に体力の必要量が増したときに、一種の「低電圧状態」が発生して、日常生活の質が低下することになるのです。そういう視点で月経を眺めれば、PMSが病気なのではなくて、むしろ日頃から体に無理をさせたギリギリの生活をしている事に問題がある、と言う事になります。
PMSを改善するには
これまで、月経の前後には普段以上の体力を必要とする、というお話しをしてきました。上記の話を前提としたならば、PMS症状を避けたい時どうすれば良いと思いますか?ここで、月経前後には普段より1割増しの体力が必要と仮定するならば、月経前後には
①普段より1割ほど、仕事や私生活のペースを落としてゆっくり過ごす。
②そもそも普段から頑張りすぎることをしないで、余裕ある暮らしをする。
③体力を1割増して、月経前後にも余裕があるぐらいに身心を鍛える。
と言うのが体の声にしたがった行動になりますよね。
PMSの治療って?
ここまで話を進めてくれば、PMSの「治療」って一体何なんだろう?って思いませんか?ある意味では、「本人の都合を優先した生活を送る為に不都合を封じる事」、とも言えそうですね。とはいえ、①〜③の方法をすぐに採用しようと思っても、それは生活全般を見直して変更することになりますから「ハイ分かりました」とすぐに変えることも実際問題として難しいと思います。さあ、どうしましょうか。そう、漢方薬ですね。実は漢方薬を運用するためには、①〜③を踏まえて使う必要があり、漢方薬は本来①〜③に対してどこをサポートし、どこを補正するか、という視点で処方されるものなのです。(○○の症状には桂枝茯苓丸、○○には抑肝散、なんていう説明で処方されていることが現場では大半ですが、本当に漢方を分かって使うには今までお話ししてきたことを理解して使う必要があるのですよ。漢方医としてはこの現状を憂えています。)
漢方薬を使う場合
(月経前の症状に対して)
通導散:月経前に体が圧力を上昇させるために消化管の動きに作用して便通を止めますが、そこに漢方薬を作用させて便通をつければ、頭痛、イライラなどの症状は改善します。一方、体側の視点から見れば、子宮に注ぎ込む気血の量が減る事を意味しますので、不妊治療をしている人は、症状が取れるのと引き換えに、子宮血流を減らす事を理解せねば為りません。
抑肝散:月経前に血の量が増え、便通が悪くなる事で、気の廻りが滞ります。それを解除することで怒りを消失させます。怒りが消失する分、余分な体力の消耗を避ける事ができ、結果として疲れも楽になります。ただし、イライラは減ったとしても、体の状態が変わった訳では無く、身心に余裕がないことには変わりがありませんから、抑肝散を継続していくことは、無理が続いていることを意味します。
五苓散:月経前に体内の,気血圧力が増すことで浮腫が生じます。五苓散はその浮腫を解除する事によって頭痛を止めます。浮腫が取れて頭痛は減りますが、五苓散を止めると再び浮腫むことからわかる様に、身体の中に水が余る状態が改善したわけではありません。
(月経後の症状に対して)
桂枝茯苓丸:気血を廻らせることで、月経出血の量を減らします。出血量が減ることにより痛みは減少し、貧血症状も改善します。しかし、桂枝茯苓丸においても、なぜ、塊で出血するほどの気血を子宮に集めなくてはならなくなったのか、について、本来は考えねばなりません。(今回は長くなるのでここで止めておきます)
当帰芍薬散:月経後の出血による冷えを解除し、速やかに血を補うことで症状を緩和するという考えの元、処方されます。
真武湯:月経後の冷えによる下痢を、腸を温めることによって解除する意図のもとで処方されます。
鉄剤:シンプルに月経後の出血を補う為の材料として処方されます。
以上は、月経前後の体の変化、反応に対して介入するという視点から処方された漢方薬です。
一方で、普段からの体調を整えることで身体に体力的余裕をつくる、という観点で漢方薬を使う事もあります。それは以下のようなものになります。
(消化力を向上させる)
六君子湯:胃腸の消化力を上げ、相対的な過食に対して調整をする処方。
当帰建中湯:胃腸の消化力を上げ、血を増やす事で冷えを解消し、体に余力を持たせる。
西洋医学的介入
ピル:低用量のホルモン剤を利用し、コントロールした形で月経を回す、もしくは、月経を止めることで、結果として体の変化を抑えるという意味を持ちます。月経という身体の自浄作用がコントロールされてしまうので、漢方の視点から見ると瘀血(滞り)が発生します。
婦人科では、ピルでもコントロールが難しい場合は中容量のピルを用いたりしますが、精神状態が安定しない場合は、向精神薬を併用することが多いです。
向精神薬:月経前の落ち込み、苛立ちに対して、抗不安薬や抗鬱薬が使用されます。身体の変化に引っ張られる形で二次的に起きた精神状態に対して、中枢神経に作用する形で関与します。精神症状はあくまでも二次的な反応なので、見かけ上気分は少し落ち着きますが、体の方は良くなりません。
行動を決めるのはあなた自身
さて、ここまでPMSについて説明して来ましたが、女性の体の正常な働きとしての変化をまず全ての女性に知って頂きたいと思ってこの文章を書きました。女性の体の仕組みは仕組みとしてご理解いただき、その上でそれぞれの生活がありますから、①〜③に示したような対処を取れる人もいれば、今は、どうしても難しい人もいることでしょう。その場合は、漢方薬、西洋薬、それぞれの役割、意味を知って使って頂ければ良いと思います。ただ、いずれの薬も、表面的な症状は緩和しますが、体側の視点からみれば、本質的には何も変わっていません。自分の体と向き合い、どう生きて行きたいのか、皆さまそれぞれのタイミングがあると思います。その時が来たら、自分の体に声を掛けてみてください。