院長ブログ
Vol.45 「産後うつ」(病気で無ければ元気?元気でいなくちゃならないの? )
2023年03月21日
世の中は「〜はず」「〜ねばならない」「〜べき」が満ちている
産後は幸せであるはず。お産は病気ではないから元気なはず。こどもは無条件にかわいいはず。笑顔と愛情を注がねばならない。と、お産を終えたばかりの母親に対して「〜はず」「〜ねばならない」が次々迫ってきます。そして、余裕があるときや第三者であるときには気にならないこれらの言葉は、当事者の心の奥深くに突き刺さって、心をかき乱すのです。エジンバラ産後うつ病自己評価票(※)という評価表が病院では使用されるのですが、この評価表の項目を見ると「笑うことができたし、物事の面白い面もわかった。物事を楽しみにして待った。」とポジティブであることが良い(つまり、ニュートラルを肯定しない、、別に笑わないし、物事を面白く見ることはしないけれど、普通にしているんですけれど、というのは認めない。)と問答無用で言い切っているし、物事にたいして常に楽しみである事を強いていたりします。この第三者が放つ無意識のポジティブ・肯定感圧力を、「そんなにいつも、笑顔でおられたら世話無いわ!あんたら、人ごとやと思って、ようそんなこと言うわ、いっぺん、たったひとりで赤ちゃんと24時間365日エンドレスワンオペをやってみ。それでもそんなこと言えるか?」と言い返せる人は別として、少し内向的で、人に何かをを頼むのが苦手で、自分が我慢したら済むと考える傾向が強い人は、この肯定感圧力の重圧に押し潰されてしまいます。新型コロナで「同調圧力」という言葉が改めてクローズアップされていますが、日頃診察をしていて感じるのは、産後うつも「社会の圧力によってつくられている」と言う事です。
(※)(エジンバラ産後うつ病自己評価票日本語版)
http://www.procomu.jp/jspd2016/pdf/yougo_kaisetu05.pdf
1ヶ月を過ぎてもキツいのよ、産後は
産後1ヶ月検診を終えると、産科を離れ、産後の母子は24時間ワンオペのひとり旅に放り出されます。お産直後の出血負荷や子宮復古にかける体力は1ヶ月を過ぎると減ってきますが、産後1ヶ月以降の母親を伝統医学的な視点から言えば、①常に寝不足(腎虚→怖がり、心細くなる)、②母乳をあげる(血を与える事による血虚→動悸が起きやすい、ふらつき、眩暈になりやすい)、③自分の世話をする余裕がなく、食事も乱れがち(消化力の低下→気力体力の低下)、④夫や両親、周りからの期待感圧力、肯定感圧力(心血虚→疲労感の増大、自己否定感の増大、情動変化、感情の低下、喜びが減る)と、その身心への負担は減ることはありません。一方で、周りの温かい目は潮が引くように引いていき、今度は、病気じゃ無いんだからという厳しい視線が増えていきます。全然楽になってないのに、厳しい目で見られる、元気な人を基準に比べらる、こういう社会、家族の無慈悲な目が、母親を追い詰めていくのです。だから、私は、クリニックを受診される産後のお母さん達にはまず「しんどくて当然、しんどいのがあたりまえ」とまず声をかけます。自分がおかしいのだろうか、なんで気力が湧かないのだろうかと追い詰められて受診するお母さん達はその一言を聞くと皆、ほっとした顔をされます。「しんどくても良いんですね?自分はおかしくないんですね?」と。
なにもしない時間、休める時間をつくる
先に書いたように、産後は常に24時間ワンオペの連続です。本当にしんどいときは休んでいいのです。そして、本当にしんどいのだということを、周りに言える環境がまず必要です。それゆえ、診療は家族内での「しんどい事実」の共有から始まります。次に、先に述べた①〜④によって消耗した体の立て直しを養生の実践や漢方薬によって行い、そして最後に「借りられる手」探しです。「借りられる手」とは、家事の手伝いから、公共のサービスを含めて、疲れた時には頼る事ができる態勢を作ると言う事です。詳しい漢方薬の説明については、また改めて書こうと思いますが、産後は、「病気ではないけれども、元気ではない」という状態があるということを、家族や社会で共有することはとても大切です。そしてこの「病気ではないけれども、元気ではない」ことが共有できることによって、産後のお母さんは初めて安心して「なにもしない時間」を作る事ができ、休むことが出来るのだ思います。